『対人関係療法でなおす双極性障害』 

まるで、読むだけで癒されるよう。双極性障害の方の必読書。

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『対人関係療法でなおす双極性障害』 創元社 水島広子 2010年
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我が国では双極性障害(BD)の心理社会的治療への認識は乏しかったが、海外では広く研究され、中でも現在最も注目されているのが、「対人関係社会リズム療法(IPSRT)」である。家族療法などに比べ、まだエビデンスは少ないが、BDに特化した治療法として注目される。

IPSRTは、対人関係療法(IPT)をBDに応用する際、再発の誘因として生活リズムの乱れが特に重要であるため、拡張されたものである。

これまで、日本ではIPSRTを学ぶ方法がなく、この治療が大きく扱われるBDの国際学会への日本人参加者は少なく、エレン・フランクの原著も翻訳されていなかった。飢餓感が高まる中で現れたのが本書である。

簡潔で親しみやすい文章で、IPSRTの実践を志す臨床家のみならず、多くの患者・家族にとっても有用なこの本が著された意義は大きい。

本書では、BDの性質や、社会リズムや対人関係に注目する理由が簡潔に述べられた後、IPSRTの実践が紹介される。特に、社会リズム療法の部分は、これを読めば患者さんが自ら実践できる具体的な内容である。起床時間、人と初めて会った時間、仕事などを始めた時間、夕食の時間、就寝の時間などを毎日記録し、人との接触の度合いや気分の評価と共に記録するという方法は、これを読めば即、実行可能だろう。

悲哀、役割をめぐる不一致、役割の変化、対人関係の欠如という4問題領域を取り上げ、現在の対人関係に注目するIPT部分は、うつ病と大差なかろうとの予測は、良い方に裏切られる。

まず、BDでは、「健康な自分」という人物を亡くしたことについての「悲哀」という、第五の問題領域が設定される。BDでは、患者本人が病気に偏見を持ち、病気を否認することが多く、疾患の受容プロセスを助けるため、健康な自己の喪失を真正面から取り上げるのである。今まで当然のものだと思っていた自由や可能性をもった健康な自分は「死んだ」と考える、という一文は、ショッキングではあろうが、健康な自分にしがみつくのは、大切な人の喪失を受け入れないのと同じである。

また、悲哀のプロセスは本人のペースで進める必要があり、圧倒的な体験をしている時に圧倒的な情報をもらっても混乱するので、病気の教育は医療者に任せ、身近な人は感情的なサポート役に徹するべしとの指摘も、納得がいく。そして、患者本人には、否認したくなる自分の気持ちを優しく認めるところからはじめましょう、と説く。

他の問題領域についても、著者は豊富な臨床経験を元に、BDに特徴的な点について具体的に述べ、これがまことに的を射た指摘ばかりである。

例えば、うつ病のIPTではなるべく選ばない「対人関係の欠如」では、BDの場合、対人関係欠如のパターンが大きく2つに分かれると指摘している。一つは、周りの人に満足できず、他人を無能な人と感じて孤立するタイプ。もう一つは躁状態の行動により人間関係を失った場合であるが、躁状態で失われた人間関係の多くは修復可能であると述べ、その修復のために必要な条件について議論している。

また、病気は本人の責任でないとの認識と、家族が傷ついたという認識は、矛盾なく両立することを述べ、患者さんに期待される役割は、「患者」として病気に取り組むことのほかには、「家族の家族」として家族を支える役割しかない、と指摘する。患者本人が家族を支える力を活かす、という考えは、心に響くものであった。

全体に、IPSRTは、特定の理論に基づく特殊な治療というよりも、BDの臨床のエッセンスを凝縮したものだと再認識されるが、この本は、IPSRTを紹介するにとどまらず、BDへの対処法を体系的かつ具体的に経験に基づいて述べた、含蓄に富んだ本であると感じた。

特に後半のIPT部分には、患者、家族を初め、BDに関わる全ての人に心の支えとなる、光る言葉が随所にあり、本書の治療法を実践する前に、読むだけでも既に癒し効果があるかのようだ。

薬物療法の具体的な記載を敢えて省いてBDへの対応を体系的に述べた本は本邦初で、こうした治療が心理士等の守備範囲でもあることを印象づけている。

本書がBDに関わる多くの人に読まれることを期待したい。

(こころの科学 日本評論社 2010年11月号 「ほんとの対話」 掲載)

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