『セラピスト』

ノンフィクション作家が自分の心を知るまでの旅路      

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セラピスト 最相葉月著 新潮社
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 最相葉月氏は、『絶対音感』で小学館ノンフィクション大賞を受賞後、『星新一 一〇〇一話をつくった人』をはじめ、多くの作品を生み出してきた著名なノンフィクション作家である。その最相氏の新作が心理療法をテーマにしたものであると知り、意外な感じがして、早速買い求めた。
 本書は、いきなり最相氏が中井久夫氏のセラピーを受けるシーンから始まる。その後、何人かの専門家やセラピーを受けた人にインタビューし、自ら臨床心理学系研究科の修士課程に通い、ついには中井氏ご本人を相手に(!)セラピスト体験をすることを通して、心理療法やセラピスト養成の内幕を体験する。
 その中では、日本における箱庭療法の始まり、日本にロジャースが受け入れられていく経緯などが詳細に辿られている。これらは、関係者にとっては、丹念な取材に裏付けられた日本における心理療法の創世記として興味深く読むことができるし、心理療法に関心のある一般の方にとっては、心理療法の入門書および体験記としても読めるであろう。
 とは言え、全体としては、中井氏のセラピーに対する、ノンフィクション作家らしからぬ傾倒や、あたかもケース発表用の資料のような逐語録など、著者の意図がどこにあるのだろうか、という、どことなく落ち着かない、不思議な感覚も残る。
 しかしその疑問は、最終章で氷解する。
 著者は当初、カウンセリングに対して「うさんくささを感じ(p21)」つつも強い関心を抱くという、アンビバレントな様子であり、心を扱うカウンセラーは自分を知っておかねばならないと言われても、「自分のことなどとうの昔から知っている(p21)」と、「いまひとつ腑に落ちなかった(p49)」という。このように、心理療法への強い関心と漠然とした不信感を同時に抱きながら、「人に心を開くことができない人生を生きてきた(p324)」著者は、5年にわたる取材を通して、本当は「自分の心を知りたかった(p324)」のだ、という事実に気づかされるのである。
 本書で自らの病名を明らかにしたのは、「自分自身をつまびらかにすることなく、他者のプライバシーに踏みこむことはできない(p333)」との考えや、「心理療法の発展のために逐語録を公にし、自らを晒してきた多くのクライエントとセラピストに敬意を表したかった(p333)」という思いからであったという。
 本書は、セラピスト側からの視点も提供したクライアント向けの心理療法ガイドであると同時に、クライアントである著者自身を自らがセラピストとなって理解するまでの症例報告でもあるといえるかも知れない。
 それにしても、ノンフィクション作家による自己の探求は、これほどまでに周到で徹底的なものなのであろうか。

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