『承認をめぐる病』

「コミュ偏重」の現代社会の病理を描き出す本。

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承認をめぐる病 斎藤環著 日本評論社
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 著者の斎藤環氏は、筆者が説明するまでもなく、「ひきこもり」の第一人者であると同時に、精神医学的な観点から、サブカルチャー評論など幅広い活動を行っている著名な精神科医である。
 近年は、うつ病についての論考も多く、先日、あるワークショップで伺った現代型うつ病とは何かについてのお話を象徴するような、「承認をめぐる病」というタイトルの本が出ると聞いて、楽しみにしていた。
 開いてみると、「承認」を巡る論考の書き下ろしではなく、既発表原稿をまとめた本ではあったが、初出誌のスペクトラムは「現代思想」、「こころの科学」から「エヴァンゲリオンのすべて」まで幅広く、読んでみると、内容は予想以上に素晴らしいものであった。
 タイトルにある「承認をめぐる病」は、最近の衣食住足りた思春期の若者にとって、「生理的欲求」「安全欲求」「関係欲求」よりも高次であるはずの「承認欲求」があまりにも大きな意味を持つようになってしまっており、それがさまざまな病理の根源となっているということを意味している。こうしたコミュ偏重の社会では、「キャラ」を確認するだけのグルーミング的コミュニケーションにとどまっており、これが成長への障壁となってしまっている面があるという。
 その他の話題に関する論考でも、現代社会を論じていながら、その中に人の精神の本質を描き出しており、斎藤氏の論考は、一回性、即時性を重視するジャーナリズムと、普遍性を目指すアカデミズムの均衡の上に成り立っていることがその魅力の一つとなっている。
 筆者は、双極性障害や統合失調症が、他の臓器の疾患と変わらない、ゲノム、免疫、炎症といった事象に由来するだろうと思っている。斎藤氏の立場は、一見、脳の分子細胞レベルの事象で精神疾患を理解しようとする筆者のような立場とは対極の位置にあるとみなされるかも知れない。しかし、筆者も、精神医学の対象が全てこうした身体の言葉で語れるとも思っていない。心理・社会のレベルの現象と分子・細胞のレベルの疾患とを区別できない現状の精神医学は未完成と言わざるを得ず、何とか脳の臓器の疾患の原因を解明し、診断、治療ができるようにしたいと願っているのである。しかし、たとえ分子・細胞レベルの病態に基づく脳の病全てが解明されたとしても、現在精神疾患と呼ばれている問題の全てを理解できるとは言えないだろう。社会は常に変遷しており、社会と個人の不和による葛藤は常に起きる。本書で著者が論じている現代型うつ病などは、まさに、臓器の病ではなく、社会と個人との関わりの中で生じているものであろう。
 現代においても、統合失調症の診断の根拠となるのは百年前のヤスパースの精神病理学である(DSM―5でその痕跡すら抹消されてしまったのは残念だが)が、本書には、現代の思春期特有の病の精神科診療に必要な、新しい精神病理学が詰め込まれていると思う。
 唯一、反論しなければならないのは、斎藤氏が、統合失調症などの生物学的指標は今後も存在しえないであろう(p267)としている部分であるが、筆者の仕事は、これに対して、言論で反論することではない。最も懐疑的な論者をも納得させるような科学的事実を示せるよう、研究を進めなければ、と痛感した次第である。

(別バージョンが、「こころの科学」の「ほんとの対話」に掲載される予定です。)

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