『<正常>を救え 精神医学を混乱させるDSM-5への警告』

DSM-5への批判と共に精神医学を救う方策を提案する本。

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<正常>を救え 精神医学を混乱させるDSM-5への警告 アレン・フランセス著 大野裕監修 青木創訳 講談社
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2013年5月に、アメリカ精神医学会の診断基準の改訂版、DSM-5が発表された。その内容を見ると、過去19年間の研究成果が必要十分に取り入れられており、筆者としては悪くない改訂版だと思っていた。そのDSM-5を、過剰診断を引き起こし、製薬会社を利するものとして激しく批判し続けてきた人物が、このアレン・フランセス氏である。その内容自体は納得できる部分が多いが、その言い方が少々過激であったため、なぜ、前版のDSM-IVを統括した人物がここまで感情的に批判するのか、と不思議に思っていた。
しかし、この本を手にして、これらの疑問は氷解した。
フランセス氏がここまで激しくDSM-5を批判しているのは、DSM-5に携わる人たちがあまりにも無節操であること、APA(アメリカ精神医学会)が経済的事情で、学問的な完成度よりもDSM-5の出版を優先させたこと、そして自らが編纂したDSM-IVが、結局過剰診断、過剰治療を防げなかったこと、などのようである。そして、氏自身が10年近く前に、50歳代で現役を退いているという立場であることが、こうした批判を可能にした面もあると思われる。
おそらく、彼が2009年のAPA総会後のパーティーに出席して、DSM-5に関わっている人たちが、自分たちはDSM-5に重要な役割を果たしている、と興奮し、負の面を見ようとせず、改訂の利点ばかりを過大評価している様子に遭遇しなければ、彼がここまで激しくDSM-5を批判することもなかっただろう。しかし、もしフランセス氏がこのパーティーに出て彼らの無邪気な熱中ぶりを目にすることがなかったら、DSM-5の最終版の土壇場で、過剰診断につながりかねないいくつかの診断-精神病リスク症候群や混合性不安抑うつ性障害など-が除外されることもなかったかも知れない。
また、本来は、1回目のフィールドトライアルの結果が悪ければ(すなわち診断の信頼性が低ければ)、診断基準を改訂し、2回目のトライアルを行うことになっていたにもかかわらず、DSM-5の売り上げが既にAPAの予算に計上されていた、すなわち収入をアテにしていたため、不満足な結果にもかかわらず、予定通り出版されてしまった、という事情も暴露されている。
そして、彼自身が編纂に携わったDSM-IVにおいて、小児双極性障害の過剰診断を止めることができなかったこと、大うつ病性障害の濫用を止められなかったこと、そしてAPA総会でのランチョンセミナーを許可したり、利益相反からDSM-IVを守るための方策をとらなかったことなど、製薬会社との関係を防げなかったことに対しても、悔やみ、謝罪している。
このように、自分の過去のことを懺悔しながらも、彼がこうして身体を張って過剰診断に至る道筋を防いでくれたことに、感謝したいと思う。
この本の良いところは、単に批判に終わらせず、精神医学がどのような方向に向かうべきかの提言をしていることだ。一例を挙げれば、製薬会社による疾患啓発キャンペーンを禁止する、法律に違反した企業に対する特許権の保護期間の短縮、調剤薬局の間をつなぐネットワークによる処方の監視、診断基準をFDAのような組織が管理する、といった制度上の問題、正しい診断のためには患者が医師に協力する必要がある、患者も自分で病気について勉強して納得のいかない点は質問する、といった当事者自身が努力すべきことなど、多岐にわたる。
全体に、フランセス氏の主張自体に同意するところが大きい。中盤の批判の仕方は、日本人にとっては少々刺激が強すぎる面も否定できないが、フランセス氏がDSM-IVの作成委員長に任命された折、彼に次々と委員に任命して欲しいという電話がかかってきたというような、アメリカ人特有の気質の中では、この位過激に批判しないと効果がないということかも知れない。
既にフランセス氏によるDSM-5の批判を色々なところで目にしている人でも、大野裕先生による中立的で穏やかな序文と、フランセス氏が批判的立場に立つようになった背景を書いた最初の方、そして<正常>を救うための具体的な方策について述べた後半を中心に読めば、大きな意義があると思う。

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