『仕事休んでうつ地獄に行ってきた』

重いうつ病の真実を伝え、患者さんにどう接したら良いか教えてくれる本

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仕事休んでうつ地獄に行ってきた 丸岡いずみ著 主婦と生活社
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ここ数年、“製薬会社が医者と結託して病気を作っているのではないか”など、向精神薬に対する批判的な言説ばかりが世の中にあふれる一方、本当に抗うつ薬の治療を必要としている人たちの生の声が伝えられることは少なかったように思う。
そんな中、典型的な重症のうつ病から回復された丸岡いずみさんのこの本は、そもそもうつ病とは何であったかを社会に思い出させてくれるという点で、大きな意義がある。
前半で語られるお仕事の話は、一見華やかに見えるテレビ業界の中で、捜査一課担当や行方不明者捜索などの過酷な現場を生き抜いてきた丸岡さんのパワーに圧倒される。その丸岡さんがかかってしまったうつ病は、まさに典型的な症状であった。
「山」「川」にもふりがなをふらないと心配になってしまったり、何を食べても味がわからない、過去の無理な取材の報いを今受けているのかも知れないと考える、ベルトを見ただけで首をつることを考える、といった症状に加え、そわそわして、あっちに行ったり、こっちに行ったり、といった「焦燥」と呼ばれる症状や、被毒妄想など、これまでのうつ病体験記にはあまりない、重症のうつ病症状の描写には、体験した人にしか語れない臨場感があった。
本書で何より有意義なのは、周囲の人がどのように接したら良いのかについてのヒントがたくさん含まれていることである。「大丈夫ですか?」とか、「心配なので、連絡下さい!」というメールに困ってしまう一方で、「落ち着いたら、連絡下さい」と一言だけ書いてあるメールにホッとする、といった体験談は、身近な人がうつ病になり、どう接したらよいかと悩んでいる人にとって、大いに参考になると思う。
そして、最初は「薬に頼らないで自分で治す」と思っていたために、薬をのもうとせず、結果的に長引いてしまった経験に基づいて、「うつは病気なので、息抜きは薬の代わりにはならない」と言いきり、「薬を飲んだら、自分がうつ病だっていうことを認めることになる」といった頑なな考えや、「お薬じゃなくて、息抜きが大事」などという周囲の言葉が、どれだけ治療の障害になっているかを、自らの体験を元に語っている。
丸岡さんがこの本を書いた目的は、自分の経験を語ることによって、うつ病で苦しんでいる人やその周囲の人たちに参考になるのではと考えたから、とのことであるが、その目的を十二分に果たしただけでなく、幅広く社会全体に、うつ病とは一体何であるのかをしっかりと伝えてくれたと思う。
丸岡さんは、内科ではなく、専門である精神科に行って下さい、と仰っている。対談の中で、内科医である鎌田實氏が、内科医はうつという言葉をほとんど使わない、それは患者さんをサポートできるトレーニングを受けていないから、ということを語っておられるが、うつ病治療の出発点は、診断と今後の見通しを伝えることであり、うつ病と告げないことには、治療はスタートすらできないのである。うつ病にかかられた方が、一刻も早く治療を受け、改善できるよう、社会全体でサポートしていかなければならないだろう。
一回きりの体験を書いている以上、この種の闘病記では、多少の思い込みや決めつけがあってもやむを得ないと思うが、この本では、そうした点が全くない点も、丸岡さんの誠実なお人柄故のことと思われ、素晴らしいと感じた。
丸岡さんは、最初はうつ病であることを他人に知られたくないという気持ちもあったという。しかし、ご主人の、自分もどう接すればいいか手探りだったし、いずみさんの体験を知ったら救われる人もいるのでは、という勧めもあって、この本を世に出そうと思ったという。
このように、読みやすく、簡潔に、うつ病の地獄のような苦しさと、治療で良くなるという事実を、自らの体験を元に語ってくれたことに、感謝したいと思う。

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