『せん妄ハンドブック』  八田耕太郎

研修医はもちろん、古い治療が身につきすぎた中高年精神科医こそ読むべき本
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せん妄ハンドブック 八田耕太郎 中外医学社---------------------------

 20年ぶりに大学病院に戻って、精神科外来・病棟診療以上に、リエゾン精神医学領域における変化が大きいことを日々実感している。

 この度出版された「せん妄ハンドブック」は、順天堂練馬病院における八田耕太郎教授の11年のリエゾン精神医学の実践が凝縮された本である。

 せん妄にはミクログリア活性化などの脳内炎症が関与している、といったメカニズムに始まり、診察前に得たい情報など、かゆいところに手が届くような細かい有用なアドバイスがちりばめられている。診察法でも、例えば、今年は何年、と訊くときに、最初から年号を言ってはいけない(注:昭和、と答える方もいらっしゃるため)、といった、なるほど、という記述が多い。

 せん妄予防にメラトニン受容体作動薬やオレキシン受容体拮抗薬が有効であるという、ご自身による臨床試験の成績を引用しつつ、エビデンスに基づいた治療を推奨する一方で、12時間毎に抗精神病薬を投与するという、頓珍漢なプロトコールの臨床試験で有効性が認められなかった、という事実を元に、せん妄治療に有効な治療を控えることは、同じEBMでもEvidence-Based Medicineどころか、Evidence-Biased Medicineだ!と痛快な見解が述べられている。そしてこの見解も、単なるぼやきではなく、ご自身が行った、より実地に即した前向き研究の結果に基づいているのである。

 60歳未満の患者の単純不眠ではいきなり睡眠薬を使わないといった戒めや、臓器不全をせん妄の主因とした終末期患者に奏効する薬剤はないため、「そのような場合、向精神薬を用いないという選択肢も十分ある」とするなど、随所に見られる抑制的な治療態度も、納得の行くものである。

 アルコール離脱せん妄防止のため、ベンゾジアゼピンを予防投与するという、ありがちな臨床実践に対しても、「症状対応法」と「固定期間法」の比較で前者の方が良かったというエビデンスを元にベンゾジアゼピンの盲信に警鐘を鳴らすなど、日本で頻用されている治療に対して、エビデンスを元に次々とダメ出しがなされていく。

 白衣のポケットに入れて持ち歩くことを意図したオシャレなデザインから、若手の医師向きだと思われそうであるが、過去に学んだことに基づいて凝り固まった診療をしがちな筆者のようなミドルシニア医師こそ、読むべき本かも知れない。

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