『心の臨床を哲学する』  榊原英輔・田所重紀・東畑開人・鈴木貴之編

心の臨床に関わる者が実践を振り返り、進むべき道を考える上で参考になる本
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心の臨床を哲学する 榊原英輔・田所重紀・東畑開人・鈴木貴之編 新曜社---------------------------

 14の論考を収めた論集であるが、個々の論者の論点はさまざまであり、全体として何を主張しているのだろうか、と思いながら読んだ。巻末で、編者らが主宰しているPPP(Philosophy of Psychiatry & Psychology)研究会の主宰者と発表者に依頼してまとめた本であることがあり、なるほど、と納得した。
 ヤスパースの了解はシミュレーションである、という、言われてみればなるほどと思いつつ、今まで考えたことのない指摘があったり(植野氏)、疾患喧伝の文脈で河合隼雄氏の著作が取り上げられたり(東畑氏)と、刺激的な指摘が多く、なかなか考えさせる内容であった。
 精神医学には二つのスタンス(生物学と精神力動)があるとの指摘(榊原氏)、心の臨床に携わる者の労働を感情労働として捉える視点(信原氏)なども、もちろん納得いくものである。
 また、唯一、動物モデルについて扱った章(南学氏)では、我々が行ってきた動物モデル研究の困難が、「外挿者の循環」という問題として指摘されていることを初めて知った。
 臨床現場においては、クライアントという存在を前にして、我々に何ができるかが問われる。現時点で何ができるかを知り、それを実践できるようになった上で、ではそれがどういう意味があるのか、今後どのように発展させていくべきなのかを考えるのは、おそらく臨床経験5~8年目くらいであろう。そうした時期に読むのにちょうどよい書物かも知れない。
 動物モデルの章では、当方の著作にある、サルが幻覚に基づいて攻撃しているように見える行動やネコがネズミを捕る練習をしているように見える行動と区別でいるのか、という問いが、認識論的批判の例として引用されている。この章の論者である南学氏は、認識論的批判が指摘する問題点のため、他領域における動物モデルの理論的基盤となっているプロセス比較追跡法が有効でなく、精神疾患の動物モデルは、因果的類似モデル(CAM)になりえず、仮説的類似モデル(HAM)に過ぎない、と指摘している。そして、HAMが精神医学研究で受け入れられてきた背景として、誤った仮説で有効な治療薬が見出されてきたという向精神薬の発見の経緯を挙げている。しかしながら、仮説検証のプロセスにおいて、新たな仮説が生まれるということはあらゆる研究領域であることであり、精神医学研究に限ったことではなかろう。筆者は仮説的類似モデルでよいとは思っていないし、今後、こうしたモデルで研究が進むとも思わない。例えば、サルの行動が幻覚に基づくものかどうかを脳機能画像で明らかにする、といった形で、認識論的批判そのものを新たな手法により乗り越え、CAMを目指すべきだと思う。
 本書は、心の臨床や精神疾患研究の実践に携わる者が、自らの実践が一体なんであるのかを立ち止まって考え、自らの実践を振り返り、今後の進むべき道を考える上で、大いに参考になるであろう。

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