『知性は死なない-平成の鬱をこえて』

近代史学者である著者が双極性障害体験を経て自らの歴史観の変化について語った本

---------------------------
知性は死なない -平成の鬱をこえて 與那覇潤 文藝春秋
---------------------------

 與那覇潤氏は、ベストセラーとなった「中国化する日本」などの著作を持つ日本近代史学者である。本書の中で、氏は「うつ病をはじめとする精神の病をわずらった人は、どなたも自分自身の「世界観」自体がうち砕かれてしまう経験をされたと思います」(p26)と述べているが、本書は氏が双極性障害に罹患した体験を通して、氏自身の歴史観の変化について語った書である。
 歴史観の変化といっても、素人の印象の話ではない。歴史学者が歴史観を変えるというのであるから、ただごとではないのである。
 氏は、双極性障害体験を通して、「躁という言語、うつという身体」という言葉にまとめられているように、「躁状態に入った人間のあり方が、「身体」よりも「言語」のほうに極端に寄ってくるのではないか」(p117)という病態仮説に至っている。これを仮説として科学的に検証するためには、もう少し明細化が必要には思われるものの、双極性障害が言語と身体の関係性の病であるという、実際にこの病を体験した氏ならではの視点は、興味深いものである。
 そして氏は、この体験を元に、現代を、「言語という帝国と民族という身体」の対立(p195)と捉えるに至り、現代に起きているさまざまな事象、アメリカ帝国、EU帝国の瓦解などを見事に説明しており、筆者のような者にも腑に落ちるものであった。
 一方、「ビリギャル」に知性主義の終焉を見、「SMAP解散」に「日本型新自由主義」の挫折を見るなど、社会現象から現代の社会構造を読み解く部分は、アニメ作品から社会を読み解く宇野常寛氏の「母性のディストピア」の手法を彷彿とさせるものがあり、興味深い。
 本書は、双極性障害体験により、氏の専門的な歴史観が影響を受け、新たな論考に至るまでの思考の道筋をたどったものであり、人文社会科学的な意味で価値ある書である。以前にも、病気に罹って良かった、という言葉が語られるのを聞いたことはあったが、この病気を体験したことによって新たな歴史観を手に入れた学者にとって、病気の体験は、本当に有意義だったのかも知れない、と思えた。
 これまで、我が国において、自ら双極性障害という持病の経験を語った方々は、作家、漫画家、俳優、歌手などに限られており、学者は與那覇氏が初めてかも知れない。
 筆者は本書を、純粋に一般向けのわかりやすい近代史の本として楽しむことができたが、そのことによって、この病気を経験して大学を辞した氏が、今後も学者として更に活躍してくれるであろうことを確信でき、心強く感じたことの方が、より大きな収穫だったと言えるかも知れない。

Comments are disabled

© 2018 加藤忠史Web Site     . All Rights Reserved. Theme WP Castle by Saeed Salam.